今回は2021年5月18日に掲載された「みずがめ座が支配する『風の時代』をどう生きるべきか?」で触れたニューエイジについて、改めてご紹介したいと思います。みずがめ座の時代の到来が、人類のスピリチュアルな進化を促進するという考えをベースにしたニューエイジを知ることが、みなさまがみずがめ座の時代をよりよく生きるヒントになりますように。
ニューエイジとは?
1960年代、産業革命以降、「もの」を得るために必死に働いた結果、人間が精神的に枯渇して行くことが問題化。機械化は効率的で利便性の高い生活を実現しましたが、一方で貧富の差は拡大し、自然破壊が横行して公害も多発、人類は崩壊に向かっていました。
一種の閉塞状態にあったひとびとに射した、思想的な光明がニューエイジです。みずがめ座の時代の到来を大前提に、宇宙・自然などの大いなる存在との連携でスピリチュアリティを高めること、本来の自分を取り戻し、個性を尊重して生きること、エコロジカルであること、グローバルであること、性別と既成の男女の役割分担にしばられないことなどが推奨される思想・運動を指します。
19世紀の神秘主義に影響を受け、人間は自己啓発によって秘められた能力を開花させ、至高の自己を実現することが可能だとしたことも大きな特徴でした。60年代において軽視されていたことや、損なわれていたことを補完するものであったため、閉塞状態が顕著なアメリカ・欧米の若い世代を中心に熱狂的に迎えられたのです。
ニューエイジの光と陰
60年代から70年代にかけて、ニューエイジは欧米から中国以外の東アジア、ひいては日本にも影響をもたらしました。もっとも話題となり、社会・文化に影響をもたらしたのはヒッピーと呼ばれるひとたちの登場と、その思想・ライフスタイルです。
キリスト教的罪意識や規範にしばられつつも、貧富の差・差別が横行する従来型の社会を否定し、東洋の神秘・思想・哲学、そして霊的生活に活路を求めることで自由な生き方を追求。男性も髪を伸ばし、民族衣装やデニムなどの原点回帰的かつ活動的服装で最低限の生活必需品を共有し、原始のひとびとのように自然の中で暮らす共同生活までも実践したのです。
泥沼化していたベトナム戦争・人種や男女の差別に対する反対運動や反体制・左翼的活動に参加。野外イベントで音楽を通して連帯を訴え、マクロビオティックを推奨し、有機野菜栽培を促進するなど、平和・文化にも貢献しました。
しかし、フリーセックスやドラッグの解禁も推奨していたため、性的な逸脱や堕落した生活に陥るひとも多く、急速な社会の変革を求めるあまり、社会的な分裂や混乱も引き起こしてしまったのです。ヒッピーが、と言うよりニューエイジ自体が思想・運動でありながら、特定の思想体系であった訳ではなく、個の自由を重視するものであったため組織化を嫌ったこともあり、70年代半ばには存在感を失って行きました。
みずがめ座の時代に生きる現代人はどうあるべきか?
さまざまな問題を抱えつつも、今日の社会の改善に寄与したニューエイジ。地の時代の閉塞感に耐えかねて、一気に加速してオーヴァーランしてしまった印象ですが、わたしたちが同じ過ちを繰り返さないようにするにはどうしたらよいでしょうか?
まず大切にすべきなのは社会の改革よりもスピリチュアル面の改革でしょう。みずがめ座の時代に求められるのはスピード・自由な精神ですが、社会を急速に変化させようとする前に己の魂を軽やかに、フレキシブルに改革することを最優先すべきです。
たとえば、欲望に身を任せることは魂を濁らせて鈍重にします。恋愛を成就させたいと願うとき、それが寂しさを紛らわしたい、肉欲を満足させたい、体裁を整えたいと言う欲望のためだけのものであるなら、さまざまな穢れや邪念、悪しきものを引き寄せる結果になり、魂は鈍重になることでしょう。
魂が呼び合うパートナーを得て、あるときは協力し合い、あるときは切磋琢磨することで、共に成長することこそ、交際・結婚のスピリチュアルな到達点と言えます。欲望と真の幸福を願う気持ちを見極める力を養うことで、魂を健全に保つことが実現します。
その力があれば自由と無軌道をはき違えるような過ちもなくなります。みずがめ座が支配する風の時代を生きるために最初になすべきは魂を軽やかに保ち、宇宙の意思に適う人間となり、スピリチュアルな意味での自由を獲得することなのです。
まとめ
みずがめ座の時代の到来を先取りした形で起こったニューエイジについてご紹介しました。現代を生きるみなさまのご参考になれば幸いです。
ニューエイジにおける至高の自己はハイヤーセルフと呼ばれるのですが、ハイヤーセルフの確立には、真の幸福を求める気持ちと共に、小さなことからも喜びを感じ、すべてに感謝できる繊細さを獲得することも重要でしょう。宇宙の意思に適う存在、それこそがハイヤーセルフであり、その確立はどのような時代にも最優先されるべきことなのです。