今から2年前に起きた不思議な体験について書かせていただきます。
当時、私は桐生の実家から高崎にある派遣先の事業所まで毎日、自動車で通勤していました。しかしその日の早朝、茨城に住んでいる伯母が入院先の病院で危篤に陥ったという報せが入り急遽、私の車を父に貸すことになりました。家の車も別にあるのですが、折悪くその時は車検に出している最中でした。それで仕方なく父の運転でJRの駅まで送ってもらい、そこから電車とバスを乗り継いで出社しました。幸い間を空けずに乗り継ぐことができ、何とかギリギリで遅刻を免れました。また昼休みには父から連絡が入り、伯母の容態が持ち直したと聞いてひと安心しました。
そして夕刻、通常通りに仕事を終えて帰路についたのですが、最寄り駅まで戻ったところでふと気まぐれが起きたのです。
(ダイエットのつもりで家まで歩いてみようかなぁ)
駅から自宅まではおよそ5キロ。決して歩いて帰れない距離ではありません。また翌日は土曜日で会社が休みだったので、精神的に余裕もありました。そこで「良し!」と自分に気合いを入れ、日暮れの道を颯爽と歩き始めたのです。
駅から家を目指して歩いていると、ふと道端の祠が目に留まりました。斜面になった空き地に積み重なった石ころの上に、神棚に毛が生えたくらいの小さなお社が乗っているだけのとても簡素なものです。
(そういえば、コレここにあったよね。ちょっと懐かしいかも)
自転車で走り回っていた十代の頃は時折、その祠を目にしていました。しかし四輪免許を取ってからは近場の移動にもほとんど車を使うようになり、その存在をすっかり忘れていたのです。もちろん歴史的な由来や、何が祀られているのかといったことは一切知りません。ただ近辺には神社があるので、それにゆかりのある祠かな、くらいの認識でした。
立ち止まり、祠に向かって手を合わせました。とは言え、元々私は信心深いたちではありません。今まで自分の意志でお寺や神社へお参りしたことは皆無。初詣でさえも友達に誘われて渋々とついて行く程度で、御守りの類を身に着けたさえありません。そんな人間がこの時ばかりは、なぜかその祠にご挨拶をしなくてはいけないと感じたのです。その後、1時間半ほど歩き続けてようやく自宅に到着。予想以上に疲れてしまい、食事と入浴を終えると早々に就寝しました。
その晩、奇妙な夢を見ました。私が家の居間でぼんやりしていると来訪者を知らせるチャイムの音が響き、すぐ玄関に出て扉を開けたのですが、そのとたん目が点になりました。玄関の外に立っていたのは、巫女さんを思わせる白衣に緋袴を身に着けた十代前半くらいの美しい少女でした。いや正確に言えばその少女は地面に立っていたのではなく、巨大な白い犬の背中にまたがる格好で乗っていたのです。「えーっ!も、もののけ姫!?」驚いて固まっていると、笛の調べを思わせる美しい声が響き渡りました。
「きよこはぶじにかえるぞよ。そなたのねがいもかなうぞよ」
少女は同じ台詞を3度繰り返すと、犬に跨ったまま静かに去っていきました。その背中を茫然と見送っているうちに目が覚め、しばらくは狐につままれたような気持ちが続きました。5日前に持病の心臓発作で倒れた伯母の名前が、まさに夢の少女が言っていたのと同じ清子だったからです。洗顔を済ませた後、戸惑いながらも両親に夢の内容を話すと、父は頭を掻きながら力無く笑っていました。
「正夢ってことか?まあ、そうなってくれたら嬉しいけれどな。幸い昨日は持ち直したが、医者はここ数日がヤマだって言ってる。だからもう俺も覚悟しているんだよ、春海」
五人姉弟の長姉である伯母は、末っ子の父にとっては母親も同然の存在です。それを失うショックに耐えている父に、それ以上何も言うことができませんでした。
それから数日後の夜、帰宅して玄関に入るなり母が廊下から飛び出してきました。
「春海、この前あんたが言ってたことが本当になったよ!」
昼間、茨城の親戚から電話があり、伯母が奇跡的に生命の危機を脱したと伝えられたそうです。居間へ入ると父も上機嫌で「おまえの夢、正夢だったよ。疑ってごめん」と手を握ってきました。
(あの夢、本当に神様のお告げだったんだ。だとしたら、私の願いも叶うということ?)
その後、スピリチュアル関係に詳しい知人に教えてもらった美風さんという愛染の電話鑑定を受けました。こちらが事の次第を説明すると、
「おっしゃる通り、あなたがお参りした祠というのはすぐ近くの神社に連なるものです。さらにその総本社は埼玉の秩父にあるのですが、そこからわざわざご眷属の姫神様の一柱が伝達役として降臨なさったようです」
という答えが返ってきました。
「それは私があの祠へご挨拶したお礼ということですか」
「神様は人間にお礼はなさいません。ただそれが縁の深い魂だと非常に喜ばれて、時には今回のような形でお言葉をくださることもあります」
美風さんの霊視によれば、私の父方の家はその秩父の総本社がある霊山を護っていた修験者の末裔に当たる血筋だそうです。
「ですからお告げ通り、あなた自身の願い事もきっと叶うはずですよ」
勤めている事業所の同僚男性から突然、交際して欲しいと求められたのはそれから3日後のことです。その人は私が半年前から、密かな片想いを続けていた相手でした。彼とは交際から半年で結婚。今年、初めての子供も授かりました。
祠とその近くの神社には、今も実家へ帰る度に欠かさずお参りしています。また結婚して間もない頃、夫と一緒に秩父の総本社にも参詣させていただきました。妊娠したのはこの直後です。一連の出来事を通して神様の実在を確信してから、おかげさまで生き方が一変しました。私にとってはかけがえのない、本当に貴重な体験でした。