大阪の精密部品メーカーに勤めて、今年で7年目になります。私の現在の仕事はルート営業で、社用車で決まったお得意先の会社や工場を回り、定期の発注品を届けたり、新たな受注のご相談を承ったりするのが主な業務です。以前は先輩の男性社員とチームを組んでいましたが、人員不足のためにここ半年ほどは1人で外回りをする機会が増えました。
その日も、課の朝礼後すぐに1人で納品へ行きました。回り先は3ヶ所あったのですが、そのひとつの工場が大阪市内からかなりはずれた郊外にあったため、仕事を終えたのが午後2時近くになってしまい、そのまま出先で遅い昼食を食べることにしました。とりあえず市内へ戻ってからファミレスか何かに入ろうと考えていたのですが、運転中にたまたまランチタイムの看板を掲げた店が目に留まり、ふとした気まぐれでそこへ入ることにしました。看板にはレストランと書かれていたのですが、中の様子はどちらかといえば喫茶店に近いものでした。冷房の効いた明るい店内にテーブルは7つほど、その奥には広いカウンター席があり、いかにもマスター然とした感じの中年男性が慣れた手付きでコーヒーカップを磨いていました。
「いらっしゃい、お食事ですか?」「はい。まだランチタイム、大丈夫ですか」「大丈夫ですよ、カウンターでもテーブルでもお好きなお席へどうぞ」。店内にはそのマスターらしき男性1人だけしかお店の人がいなかったので、テーブルまで運ばせて余計な手間を患わせるのは悪いと思い、カウンター席の端へ落ち着きました。メニューにイチオシと書かれたパスタランチを注文したのですが、予想に反して味付けや盛りつけがとても本格的でした。(これすごっ、お洒落なイタリアンレストランで出してもおかしくないやん!)おまけに食事の後に出されたコーヒーもとても美味しくて、営業ルートに意外な穴場を見つけた!と嬉しくなりましました。「私、外回りでよくこの辺を走ってるんやけど、こんな美味しいお店があったなんて今まで知りませんでした」「おおきに。今後ともご贔屓にお願いします」そう言ってマスターはニコニコと笑いました。もういい歳のオジサンなのに子供のように明るくて屈託がなく、(ああ、この人、根っからの善人なんやな)と思わせる表情でした。「お嬢さん今、忙しいの?」「これから会社へ戻ります」「大変やね。でもその前に5分だけ時間もらえる?」「え?」「じつは私ね、ちょっと占いができますねん。お嬢さんのお顔に素晴らしい結婚運が出ているんで、そのことを教えてあげたいと思ってね」。
マスター自身が言うには、自分には子供の頃から霊感があり時折、人の未来などが見える。若い頃は難波の占い館でアルバイトの占い師として働いていたこともある、とのことでした。初対面の相手からいきなりそんなことを言われたら、普通はちょっと引きますよね。でもその時の私は、なぜかすんなりとその言葉を信じることができました。ただし自分の運勢を真剣に知りたかったわけではなく、(タダで占ってもらえるなんてラッキー!)程度の遊び半分の気持ちでしたが。
「ねぇ、どんな良いことがあるんですか?」「お嬢さん、会社に好きな人がおるでしょう。年下のイケメン。ちょっと嵐のニノみたいな」突然の指摘にドキリとしました。まさに言われた通りで、一昨年入社した隣の課の後輩社員に私は密かな恋心を抱いていたのです。おまけにその後輩は確かに二宮君に顔形がそっくりで、社内でもニノというあだ名で呼ばれていました。「ホントに霊感あるんやね!すごい!ねっ、まさかもしかして彼と結ばれるとか?!」と、思わず興奮して身を乗り出すと、マスターは申し訳なさそうな顔で首を横に振りました。「残念やけど、お嬢さんの結婚相手はそのニノじゃありません」「えー!それじゃ誰!?」「その相手とは、ごく近いうちに会うことになりますよ」。
店を出てから会社までの帰り道、マスターの話を頭の中で反芻していました。今日を含めて数日のうちに、私に運命の相手との出会いがある。そしてその相手とは思いもよらない形で巡り会うことになる…そうは言われたものの正直、テンションはあまり上がりませんでした。私が片想いをしているニノとご縁がないのなら、たとえ誰か別の男性との出会いがあってもあまり意味がないように思えたから。
夕方、会社に戻って報告書や受注書を作成し、会社を引けた帰りがけ、同期入社で仲の良い総務の女の子に「週末やし、ちょっと飲んで遊んでいかへん?」と誘われて、社内の女の子5人ほどで居酒屋へ行きました。そしてみんなの酔いが回ってきた頃、誰からともなく例のニノの話題になり、彼が同じ課の女の子2人と二股を掛けているという衝撃の事実を聞かされたのです。
私はそのショックでヤケ酒をあおってしまい、不覚にも酩酊してしまいました。他の子たちに介抱されながらタクシーに乗せられた記憶はぼんやりと残っていたものの、再び意識が戻るとなぜか家の近くの暗い道端に佇んでいました。(ベロンベロンで話が通じなくて、怒った運チャンに降ろされたんかなぁ。ああ、我ながら情けない)仕方なくフラフラと歩き出しました。するとほどなく背後から誰かに声を掛けられたのです。「あの、これ自分のやろ?かなり酔っているみたいやけど大丈夫?」振り向くとそこには、いつの間にか脱げていた私のパンプスの片方を掲げ持ったスーツ姿の若い男性が立っていました。
じつはこれが今、お付き合いしている彼氏との馴れ初めなのです。彼は外資系の企業に勤めているサラリーマンで、容姿はニノには少し及ばぬもののとても優しくて魅力的な男性です。その後、デートの時に一緒にあの霊感マスターがいる店へ行き、運命の相手である!とのお墨付きももらいました。どこにある何という名の店なのか皆さんにもお教えしたいのですが、「あまりぎょうさんお客さんが来てしまうと私1人じゃさばき切れんから、お願いだから内緒にしといてや」と口止めされているので、残念ですが秘密にさせていただきます。